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窪川アグリなユル研修記3 休日 後編
昨日は歓迎会で呑んだくれてました。

ここ窪川アグリ体験塾は4月に入り新たに3人のメンバーが加わり総勢15名に。5月にも何人か加わるのだそうです。ま、そんなことを言ってる内にあっという間に私も卒業ですな。


はい、じゃ前回の続きから。「四万十町役場の隣にある四国八十八ヶ所霊場第37番岩本寺に行って写真撮っちゃうぞ2010」をお送りしましょう。あ、もうそーいうメンドくせーのはいいか。

では説明はともかく写真を見て楽しんでくださいな。ちょっと枚数多いけど。因みに岩本寺はここ窪川アグリ体験塾から車で10分くらいで行けますゼ、旦那。


岩本寺の山門へ。

山門へ.JPG

岩本寺山門前の階段。

37番岩本寺山門.JPG

山門の仁王像。

仁王門.JPG

水場。

水場.JPG

納経所。

納経所.JPG

鐘楼。

鐘楼.JPG

お大師様の像。

お大師様.JPG

えーと、なんとか観音。

なんとか観音.JPG

宿坊。

宿坊.JPG

仏足跡。

仏足跡.JPG

南無大師遍照金剛蝋燭。

遍照金剛の灯り.JPG

本堂正面。

本堂.JPG

杖立て。

杖立て.JPG

焼香。

ご焼香.JPG

ご焼香の上のとこ。

ご焼香の上.JPG

おねーさん達だけの遍路の団体がいた。うん、まぁおねーさんということにしておこう。

おねーさん遍路達.JPG

本堂の中。

本堂正面.JPG

本堂天井の画。

本堂天井の画.JPG

この画、1978年に本堂が新築された際に一般市民などが書いた画をはめ込んだらしい。

観音様と狸。

観音様と狸.JPG

本堂の赤い欄干と新芽。

新芽と欄干と.JPG

龍の水場。

龍.JPG

大師堂と遍路。

大師堂.JPG

大聖歓喜自在天。

大聖歓喜自在天.JPG

聖天堂と言われ、歓喜天を祀っているのだそうだ。

焼香する遍路。

焼香する遍路.JPG

雅な境内。

実に雅な.JPG

ちょっとベンチで休憩。

ベンチで.JPG

空を仰ぎ見る。

ああ、いい天気だ。

コントラスト.JPG

南無大師遍照金剛。

南無大師遍照金剛.JPG


実はこの岩本寺の宿坊に私は遍路の時に泊まっていた。だからこの寺の住職が尼僧であることを知っている。宿坊に泊まると朝のお勤めで住職と一緒にお経をあげるのだ。

数年前に住職である旦那さんが先立たれ、迷ったものの後継ぎもおらず奥様が尼僧となり後を継いだという経緯だった、と記憶している。

その奥様で尼僧の住職は旦那さんの真似をして肩肘張るのではなく、女性ならではのお坊さんを目指そうとしているようだ。

写真を見て気付かれた方もいると思うが、この寺の境内どこもかしこもピカピカだ。欄干は磨かれて真っ赤。空海さんの像も観音様の像も苔一つ無い。蝋燭立てのガラスケースにもくすみがない。

こういう美的な部分に神経が行き届くのは女性ならではだと思う。男ならきっと精神性を重視して外観がおろそかになるケースが多いのではないか。

そんなSVがお店をチェックするような視点で改めて岩本寺の境内をじっくりと眺めていると、ふとあることを思い出した。

それはこの寺の宿坊に泊まった時のこと。部屋に入ると小さな机の上に一冊のノートが置いてあった。そのノートは遍路が思い出を記す雑記帳。

そのノートを何気なく古い順番にめくって行き一番新しいページまで来た。その最新ページの日付はなんと前日となっていた。

こんな遍路の少ない季節に前日にここに泊まった人が居たんだ、と思って興味を持って読む。するとこの人、前の日に私と同じ民宿あわに宿泊していたと書いてある。それである人物と繋がった。

私はその前日、須崎市にある民宿あわに泊まっていた。そこには土木関係の工事で大阪から来た期間労働者のおっちゃんら3名ほどが長期滞在していた。

夕食の時たまたまそのおっちゃんらと一緒になり、気さくな人達でお遍路でその日寄っただけの私に色々話しかけてくれた。

その会話の中で、「昨日なら若い女の子がおったのにな。確か横浜から来て26歳と言うとったかいな。今日は岩本寺へ泊まるゆうてたぞ。残念やったな」と話していたことを思い出したのだ。

そうか、一日前に私と全く同じペースで歩いた人がこの雑記帳の最新ページの女の子という訳か。その日記は見開き2ページに渡りビッシリと埋められていた。それはこんな内容だったと思う。



「今回の区切り打ちはここで終わる。明日の朝電車で横浜の自宅へ戻り、そして明後日からはまたいつもの満員電車で都会の会社に通勤する日常へと戻る。これで3度目のお遍路。今回の始まりは高知市内の竹林寺から始まった。そして翌日は・・・・・中略・・・・・。初めてのお遍路から帰った時父から、遍路をして何か人生観が変わったのか?と訊かれた。弟からも、悟りでも開けたの?と。そして私自身、自問自答してみる。遍路をして私は何か変わったのだろうか?変わったような気もするけど・・・・。何度も自問するがよく分からない。いや、きっとほとんど何も変わってはいない。そもそも、毎日1週間歩いた。ただそれだけで価値観や人生観がガラリと変容し、悟りが開けるような劇的な内部変化などあるハズがないのではないだろうか。何も変わらない。いや、少なくとも今はその変化に気付かない。後数回の区切り打ちで結願したら何か変わるのだろうか?いや、そうも思えない。もしかすると、今のまま都会で暮らし、平凡に結婚し、子供を育て、慌しく人並みの生活を終えて、老後を迎え、ふと人生を振り返った時に、ああ、あの時遍路で歩いたことがその後の人生に影響を与えていたかも知れないな、そう思える時が来るのかも知れない。と思うのである。」


私は読み終えて、なんて素直な感想だろうかと思った。文体は実はもっと文学的でお堅い文章だった。そう思うような作家の名前が幾つも出ていたのだ。

きっと遍路をすると、増してや歩き遍路なんかをすると、それだけで人生を悟ったような説教臭い、あたかも聖人であるかのような大人物ぶった人間になりがちだと思う。

でも、お遍路で1200kmも歩いても、気づけるような内面的変化はほとんどないのではないだろうか。

印象に残っていることがある。結願間近の香川県の73番出釈迦寺の小高い丘の境内。私と同世代のその青年は空ろな表情でベンチに座っていた。

北海道から来たという彼は会社を辞め、次にやることを見極めようと遍路に来た。そしてもうすぐ結願なのにまだ何にも決まらない、と遠くを見ながら呟いた。

私が思うに一ヵ月半も歩き通して得られるものは、毎日何か一つの事に打ち込むという姿勢というか集中力みたいなものくらいのものではないか、と思う。

私自身、遍路で何かを悟ったとは思えない。むしろ変わるなら遍路に行く前に変化しているものではないか。遍路を経験した人が立派な人間だなんてことは馬鹿げている。


私は、遍路の雑感をノートに記したこの女の子は、遍路を終えても虚飾で自分を彩らずに自然に生きているに違いないと思う。




次は金剛福寺。

金剛福寺へ.JPG


四国八十八ヶ所札所間最長区間の長い長い道のりを歩いて足摺岬へ。






「ねはんの里」


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[2013/09/24 22:35] | 迷子の大人たち(移転前日記) | トラックバック(0) | コメント(0)
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~もしもエエ加減な男が農業を始めたら~「池田なません」の【ニワトリノニワ】農場経営者池田司が送る、脱力系テキトー農業日記

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高知県四万十市の丘の上、放し飼い有精卵のニワトリノニワ農場の経営者池田司です。

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