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教育とコンプレックスと介護の問題と
4日の昼に妹が沖縄に帰り我が家にはまた老人2人と私のみが残された。

その私もひと月後には引っ越す。その時残されるのは老人2人のみ。現代日本にありがちな老人のみの世帯に戻る。何故日本はこうなってしまったのか?答えは「ありのままの自分」という記事でも触れたが、簡単なことだ。

日本の高度経済成長期は1955年から1973年までの18年間である。この頃生まれたのは今の年代で55-36歳の人達で、その親の世代はまさに今の65歳以上の高齢者達だ。

この、私の親位までの人達の特徴は毎年給料が増えるのが当たり前だと思い込んでいる。そして経済成長こそが人間の幸福に直結すると信じてきた。

更にその経済成長を支えるのが学歴で、会社に入れば学歴さえ高ければ出世は確約され、経済的にも一生保障されるのだと盲目的な学歴崇拝に陥っていた。

当然ながら彼らの子育ては学力重視、子供時代の幸せなんてクソ食らえで勉強さえさせていれば子供は将来社会の成功者となり、親は感謝されるものだとばかり思っていた。ところが、だ。

人を人とも思わない教育、パソコンに新しいソフトをインストールするような教育では愛は伝わらなかった。そればかりか人間性を無視した教育を強いる親に反抗期になると敵意すら感じたのだ。

親は子供の幸せを願ったのだと言う。だがそれは違う。子供の将来の幸せを願ったのなら、何故学歴だけで一生安泰に暮らせる社会を同時に実現させようと努力しなかったのか?現状は?

自覚のある親はほぼ皆無だと思うけど、彼らは自分のコンプレックスを子供で晴らそうとしたに過ぎない。自分が大卒でないから子供を大学へ、自分が旧帝大卒でないから子供はあわよくば東大へ・・・・・と。

勉強だけではない。文学に憧れ、言い換えると深い意味ではコンプレックスを持つ親は文学を、楽器演奏にコンプレックスを持つ親はピアノを、それぞれ精神的に親に依存していてNOとは言えない幼い子供に強制したのだ。

だから、自我の確立する年齢と共に子供達は親元を離れた。そして人間性を大切にしてくれなかった親と一緒に住もうと思えず、もちろん動けなくなった親を一緒に住んで介護しようとする愛情までは持ち合わせていない。

こうして現代に介護の問題が生まれた。だがこれは子供達が悪いんじゃない、子供を人間として愛さなかった親が悪い。子供は自分の分身でもアバターでもないのだ。自業自得である。


かく言う私の両親が全くこの通り。極度に学問コンプレックスを持っており、私は小学校に上がる前から習字を、上がってからは勉強を、塾で習わされた。友達と遊ぶ時間を減らされてただ憂鬱だったのを覚えている。

小学校1年生の時から成績が下がると通知表を前に深夜まで正座させられ親の気が済むまで怒られ続け、時に感情のままに殴られた。通知表を受け取る日の気分は殺人犯が裁判を受けるようなものだった。

このような親はさすがに極端だと思うが、多かれ少なかれ親は自分のコンプレックスを子供への教育という形で解消しようとする。その子供が親になると、やはり・・・・・気づけよ!第二世代。

今の私なら勉強しろって言うなら親がまず勉強の楽しさを教えてやれよ、と言うだろう。自分でも面白くない勉強を見えない将来のために我慢してやれなんて拷問を受けろというのに等しいだろう。

そんなこと言う親には残念ながら感謝の気持ちなど生まれにくいというのは自然だろう。だから、日本の社会には今介護問題があるのだ。本来は仕事になってしまうのがおかしいのだ。

実の子供がパスしたから他人がお金をもらってやっている。介護の仕事なんてなくなるような社会を目指すのが本来だろう。

ともかく、子供時代に親にいじめ抜かれたので私の実家も老人2人の世帯になってしまう。でも四国遍路から実家に戻ったこの1年数ヶ月の間、私はどうにかして親が過去に自分らにした仕打ちを許そうと努力してきた。

私にとっては綺麗事じゃなく、この親を許せてこそ本来の自分を取り戻せるような気がするのだ。言ってみれば自分のためである。

彼らは今だに私を親の従属物として意のままに操ろうとする。だけど、少なくとも産んで、食わせてもらった、この二点のみだけでも感謝しようと今は思う。

そして精神的には初期・中期自我(感情をストレートに表現する・精神的に誰か、何かに依存する状態)に居るこの人達を魂の子供達として人間性は尊重し見守って行こう。


ま、そんな訳でちょっと重い話になりましたが、最後の親孝行として8-12日の予定で親を札幌に連れて行きます。目的は親父の姉御のお見舞い。彼らも恐らく今生最後の別れとなるでしょう。




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[2013/09/24 22:21] | 迷子の大人たち(移転前日記) | トラックバック(0) | コメント(4)
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コメント
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
また、応援に来ますね
[2010/01/06 19:11] URL | miyuta0831 #79D/WHSg [ 編集 ]
miyuta0831さん
これはどうも。わざわざご挨拶頂きまして恐縮です。こちらこそどうぞこれからも宜しくお願い申し上げます。
[2010/01/06 20:51] URL | 迷えるおじ #79D/WHSg [ 編集 ]
星新一からつい読んでしまいました。といっても、3年前のブログへコメしてもいいものか・・・。
耳が痛い話ですね。そんな親を・・・そうかもしれないですね。でも、子どもは楽な方向へ流されますからね。私は小さい頃、塾へ行きたかったけど、お金がなくて行かせてもらえなかったので、出来る限りやってあげたいとは思います。何か生きていく術を持ってたら別ですが。
私の親は怒ったら暴力をふるう人でした。でも、憎んでいません。親だからです。理屈は関係なく。
結婚して離れて暮らして、老いた親といっしょに住んであげられなかったこと、かわいそうだったと、もうしわけなかったと。好き勝手な親でしたが。
[2013/05/26 18:29] URL | ある夜の物語からここへ #79D/WHSg [ 編集 ]
ある夜の物語からここへさん
そうですか。私は子供も親も一己の人間だと思うので主体性を尊重してやりたいと思います。

楽な方に流れてもいいじゃないですか、不幸になるより。

親に押し付けられたことより自分で選んだという自負の方が大人になって強くなれるような気がします。

まったく何もわからずに言うのもなんですが、後悔しているなら今からでもできることをしてやれば親は喜びますよ。たとえお墓の下に入っていても。
[2013/05/27 22:26] URL | 迷えるおじ #79D/WHSg [ 編集 ]
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~もしもエエ加減な男が農業を始めたら~「池田なません」の【ニワトリノニワ】農場経営者池田司が送る、脱力系テキトー農業日記

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高知県四万十市の丘の上、放し飼い有精卵のニワトリノニワ農場の経営者池田司です。

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