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ありのままの自分5
ようやく終わりになります。

見慣れない単語が少し多いものの、内容としてはそれほど難しくないと思うのですが、なにぶん文章が未熟な故に分かりづらく意図が明確に伝わったかどうかは自信がありません。

また扱っている内容が、殆どの人にとってこれまで余り意識して来なかったことであるためなお更だと思います。ですが、理解すると自分が何をすべきかを知ることになるでしょう。


私がここで言いたかったことは単純です。もし幸せや充実感を感じたい、そして明るい未来を夢見るならやるべきことは、

1 自分はそもそも動物であるから動物的本能があるのは当たり前だと気付くこと。

2 社会的に生きるために動物的本能の上にフタをして人間としての仮面をかぶって生活していることを認識すること。

3 動物的な本能は人間としての仮面を通して見ると駄目な部分、良くない自分に見えるけど、そのありのままの自分を否定しないこと。許してあげること。


ただこれだけを続けることにより、いつのまにか心が自由になっている自分を発見することができるはずです。

でも言うのは簡単で、実際には1のステップですら完全には中々できません。社会の倫理観による支配というのはとても強く自分が汚らわしい動物の本能を持っているとは思いたくないのです。

そしてもし本当の自分に気付き始めても、今度は自己評価が働き自分を下等に評価して自責しまうのです。多分この時期にいる人はとても辛いと思います。

でも、ありのままでいいんです。ともかく自分を否定しないこと。


因みに私自身の話なので 「そんなん興味おまへんがな」という人が殆どだとは思いますが(関西人に怒られそうな関西弁)私の精神性がどこら辺にあると思っているのかを一応触れておきましょう。

前にも触れたように私は後期自我の特徴であるペルソナを通して人を見ている段階を抜けきれていません。だからなんでもないようなことにまだイラっとすることも多いです。

ただ、自分のそういう情動が動いた時直後に気付き、そしてすぐに許すという行為に移れるようになりました。

そうする内にここ1年半くらい前から、つまりお遍路に出る少し前辺りから徐々に自然の景色が新鮮に見え始め、物事への感動も増し、そして何故か写真のような映像的な記憶力が著しく向上しました。

更にこれは精神的な意味ではなく、知識・思考レベルで、色々な事象が繋がっていることに気付くと同時に世の中で起きていることの原理が明確に分かってきました。

このように感覚や能力が少し改善されたように思うのも自己否定が弱まったからだと思います。そして精神的には淋しいと思うことがほぼ完全になくなってしまった。死にたいと思っていた5年前なら考えられないことです。

こう考えると多分中期自我との決別はほぼ終わり後期自我からほんの少しだけ成熟した自我が垣根越しに見えたくらいじゃないか、と判断しています。

ま、ようするに偉そうなことを言ってもまだペルソナとシャドーに支配されている可哀想な男の子って感じでしょうか。(おっさんやろ)


もう一点、私はこの前の記事で幸せになるために転職することは意味が無いと書きました。これについてきっと誤解があると思うので補足しておきましょう。

幸せというのは自分の心のブレーキを弱めて行けば次第に強く感じるようになるので、何処に住むとか誰と一緒にいるとかどんな仕事に就くということとは恐らく無関係です。

でも、それとは別に人間には生き甲斐みたいなものがあります。この生き甲斐というのも難しいのですが、人間は自分のために生きるより一見他人の不幸を救ったり、幸せを助けたり、するように見えることによって自分自身の幸福感が増すということがあるようです。

私は人間というのは例外なくエゴで生きていると思うし、それが当たり前だと思います。でもそのエゴを満たすために本当に聖人のように振る舞うこともあり得ると思うのです。当然カルト宗教のような自己肥大の煩悩抜きにですが。

話がそれました。従って幸せを目的とするのではなく、生き甲斐を追求するなら転職だろうが海外移住だろうが性転換だろうがなんでもやったらいいんです。

ただ、そのように環境を変えるためには心のエネルギーが必要な場合が多くあります。私のようにサラリーマンから農業への転職などもまさにそうだと思います。

やりたいことはあるのだけれど一歩が踏み出せない、という人はまだ心のエネルギーが足りていないのだと思います。そのためには心のシミ抜きを続けてみるといいですよ、と言うのが今回の趣旨です。


ま、小難しいことなんて考えなくても心のシミ抜きをしている内に勝手に手が動き、足が動きとなってくるはずです。

心理学では心と身体の関係は人間と騎乗している馬に例えられます。

まずやりたいと思い続ける内に、ぎこちなくでも馬の足が動いてくれればそれが時期となるでしょう。そしていずれケンタウロスのように自由になれる日もいつかきっと来る。


・・・・・・ロバかも知れませんが。


おしまい




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[2013/09/24 22:19] | 迷子の大人たち(移転前日記) | トラックバック(0) | コメント(0)
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~もしもエエ加減な男が農業を始めたら~「池田なません」の【ニワトリノニワ】農場経営者池田司が送る、脱力系テキトー農業日記

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高知県四万十市の丘の上、放し飼い有精卵のニワトリノニワ農場の経営者池田司です。

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