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ありのままの自分4
続き。いやぁ、今日も思いっきり長いな。心して読んでくださいね。って誰か面白いのかな、これ。うん、まぁいいや。

現代社会の問題を起こしているのは後期自我のペルソナとシャドーが原因だと言うことについて、そして次のステップである、成熟した自我へと進むには、まず、ありのままの自分に「気付き、認め、許す」ことから始めれば良いということを前回までで書いた。

更に後期自我から成熟した自我へと進むとこれまでと180度方向転換したような明るい社会へと向うはずだというところからだ。これには理由がある。

まず、これまでの総括としてケン・ウィルバーの提唱する意識のスペクトルの全体像を見てみよう。本当は自分で作ろうと思ったのだが、以前も紹介した天下伺朗氏の著書「五十歳からの成熟した生き方」からスキャナーでパクってしまおう。面倒くさいので。

意識のスペクトル図。 天下伺朗著「五十歳からの成熟した生き方」(海竜社)から
意識のスペクトル1.JPG

矢印を追って見てみよう。一番下の境界線の手前側を唯一絶対な宇宙とする。そして人がこの世に生み落とされたばかりの状態をプレローマと言う。

そしてウロボロスの段階で母親を認識し始める。その後身体的自我で自分の身体とそうでないもの、外部環境を認識し、メンバーシップ認識で色々な人、社会を認識し始める。

初期自我からは精神的な世界を認識し始め、自分の意識と他の意識を徐々に理解し始める。中期自我で自分の中に社会的な自己、つまりペルソナを作り始める。

後期自我では自分の内面、意識をペルソナとシャドーに分離する。現代人の多くはここまでの意識の成長で死を迎える。点線で描かれているようにポトリと落ちてまた宇宙へと帰っていくのだ。

ここまでのプロセスを振り返ると、細部へ分離のプロセスであったことが分かる。宇宙と分かれ母親と分かれ、自分の身体と外界と分かれ、自分と他人と分かれ、自分の意識と他人の意識と分かれ、更に自分の意識内でペルソナとシャドーに分かれる。

次々に分離するので寂しさを伴うプロセスだ。だがこの後のプロセスからはこれまでと全く逆、180度転換してこれまで分離してきたものを次々に統合するプロセスへと向う。従って融合の幸福感を伴う。

まず成熟した自我では自己内部の意識を統合する。はじめに意識が分離してしまったことを認識し、ペルソナとシャドーを自分のものとして統合する。

次の生物社会的帯域では自己の身体と意識の分離を認識して統合し始める。つまり自分の身体でありながら不随意筋のように操れないものと思い込んでいる意識に気付き、その思い込みを統合、つまり解消する。

それが完結するのが次のケンタウロスのレベル。ここからは未知の領域であり推測と妄想による私なりの理解と認識してください。本当は触れるつもりじゃなかったんだけど、成り行きで。

ケンタウロスはご存知の通り、馬と人間が融合したような身体を持つ。

ケンタくん↓ 
ケンタ.jpg

(ケンタと言えばケンタッキーフライドチキン。だがそれは関東の呼び方で、関西人は激しく抵抗してケンチキと呼ぶ。こういう対立や分離もその内統合される日が来るのだろうか・・・・・あ、かんけーねーか)

ともかくケンタウロスは馬の下半身と人の上半身を持つ。これによって、それまでは馬として例えた自分の身体を、本当の自分の身体として随意に操るようになることを示している。自己内部の統合が完了する。

このレベルになると病気というものは無くなるだろう。きっと癌細胞でさえ自分で認識し、随意に免疫細胞によって消滅させることができるはず。いや、癌細胞そのものの発生すら抑えられるかも知れない。

次のサトル(微細)では、外界と自己の意識を統合し始める。これは意識を物質、この世界のあらゆるものと繋げることであり、あらゆるものを自分の意識下にできる。

つまり超能力を使えるようになるだろう。遠くの物質と意識を繋げれば透視、他人の意識と繋がればテレパシーを、石ころに意識を繋げて動かせばサイコキネシスを、ま、できるようになるんじゃないだろうか、という話だ。

さ、頑張って次を説明しようか。次のコーザル(元因)はこの世ではなく、宇宙の意識を認識し、宇宙そのものと繋がるレベルだ。

このレベルになると臨死体験や瞑想などで現れるような具体的な神様や物質的なビジョンは伴わない聖なる体験をするらしい。

そして最後に意識進化の究極がアートマン。神、或いは宇宙全体との完全な一致。宇宙から産み落とされ分離して進化した我々が生きながらにしてまた宇宙そのものへと統合する。


ここで、私が暫く前に書いた「進化の法則」という記事を思い出さないだろうか。あの時は分かりづらくなるのであえて精神の話には触れなかったのだが、まさに宇宙の物質的な進化と同様に意識の進化も分離と統合を繰り返すのだ。と思う。

話を戻すと、私はこの意識のスペクトルで示した精神性の進化というのは個人だけに留まらず、時代の精神性の進化にも当てはまると思う。

つまり現代が後期自我の時代だとすると少し前の時代は中期自我の時代だったということだ。初期自我の時代は感情をストレートに行動に移すのだから人々は法律など作らずに略奪や殺戮を繰り返していた。これは多分紀元前後の時代ではないだろうか。

中期自我の時代は社会的な規制や道徳観が絶対的な支配になるから、中世の宗教が政治を支配していた時代に相当するかも知れない。日本で言えば戦国時代前後だろうか。

ともかくこうして時代の進行と共にその時代の多くの人の意識も同じレベルまで進化できるようになって行くのだ。

一歩一歩後退することなくこれまで何千年だか何万年だか掛けて後期自我の現代まで進化してきた。そして現在、私は後期自我の末期にあると思う。その理由は・・・・・


教育問題については改めるが、ゆとり世代と言われている今の23歳以下(だっけ?)の若者の特徴、失敗を極端に恐れる、問題を人や社会のせいにする、について少し触れる。

私はペルソナ世代の親が子供に更に強固なペルソナを求めた結果、何世代もかけてでき上がったのがこの特徴だと思う。

私(1972生まれ)くらいの世代までは多分ペルソナに多少ボロがあっても「元気だね」なんて言われて少しは許されたことも、ゆとり世代では許されず、常に良い子で居ることを求められたのじゃないだろうか。

また彼らの幼い時期「酒鬼薔薇聖斗事件」に代表される若者による若年層を狙った凶悪犯罪が多発した。原因は強固なペルソナを社会と親が押し付けた結果、強烈なシャドーが形成され爆発したのだ。自らが蒔いた種が発芽したに過ぎない。

しかしこれらの事件によって子供の自由がさらに奪われる結果となる。親の言う通りに行動しないと死ぬぞ、と脅されたのだ。こうして否応なしに親に従わざるを得ない状況でガッチガチの良い子のペルソナが形成された。

ゆとり世代の特徴→失敗すると死ぬと脅されて来たので失敗を極端に恐れる。自分の行動に問題があればその行動規範を押し付けた親や社会に責任があると考える・・・・・当たり前だ。


どう見てもそろそろ後期自我の末期状態だと思う。だから次は必ず成熟した自我を目指す時代になる。


ギュウギュウに押し詰められれば反動で爆発が起こる。その未来を開く爆発の導火線が静かに引火しているのをみんな感じているだろうか。


続く(総括へ)




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[2013/09/24 22:19] | 迷子の大人たち(移転前日記) | トラックバック(0) | コメント(0)
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