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伊予に行くぞなもし3
続きから。

伊予に行くぞな、とか言っといて未だに土佐を抜けてない。そして今回もまた伊予に到達しません。というかいつ伊予に入るのかすら不明です。

ま、ともかく伊予を目指してるんだから、いーよ、いーよ、と。うむ。


USAビーチで暫く思い出に浸った後、すぐ先にある36番青龍寺へ。

マップはこんな感じ↓
横浪半島マップ.JPG

よーく見てもらうと分かるように、この36番札所青龍寺の近くには明徳義塾高校の国際キャンパスとやらがある。明徳義塾と言えばスポーツの盛んな高校として有名だ。

そう、ご存知の方も多いと思うが横綱の朝青龍は明徳義塾高校に留学していた。そして高校の相撲部では青龍寺の石段で階段ダッシュとかやって鍛えたことから、名前に青龍の文字をもらった、ということらしい。ふーん。


これがその青龍寺の石段だ↓
青龍寺石段.JPG

よーし、登っちゃうぞ。

山門と石段.JPG

さっすが、横綱を鍛えた石段だけあってなかなか急だな。

思わずグラッと。アイムグラッと・・・・あ、関係ないな。

眩暈が・・・・.JPG

↑すげー。奇跡の写真。こんなの狙って撮れるもんじゃないよ。まるで北極星の撮影みたい。

「北斗旋風激写拳」 みたいな。え、誰もついて来れない? うそ?

空海が遣唐使として唐に渡った際、真言密教を教わった師匠である恵果(えか/けいか)が居た寺が西安の青龍寺だった。

空海が唐から帰国する時航海の安全を祈願して日本に向って独鈷杵(どっこしょ)という密教の法具をぶん投げた。

独鈷杵とは金剛杵の種類の内の一つで先の部分が単独のもの。読み方が8時だよ全員集合のオープニング曲と似ているので気をつけよう。

えんやーこらやっと、どっこいじゃんじゃんこーらや、っと。


・・・・・・。はい、金剛杵の種類↓
独鈷杵.jpg

↑左から独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。他にもたくさんある。

で、空海が中国からぶん投げた独鈷杵は土佐の山中の松に引っかかっており、ここに師匠恵果を偲んで同じ名前の青龍寺を建立したのだそうだ。

また、この寺のご本尊は波切不動。空海を乗せた遣唐使船が入唐時に暴風雨に遭った折に不動明王が現れ剣で波をバッサバッサと切って救ったそうだ。そこで空海自身ががその姿を刻んで本尊としたらしい。

そんな由来があるため、ここ青龍寺は真言密教において特別な意味合いも持つ寺なのだ。そして今回写真には撮らなかったのだが、ここには大師堂と同じように恵果堂が存在する。


それじゃ予備知識はここまで。境内の写真を並べて行きます。

石段の半ばにある三重塔と観音像。

三重塔と観音像.JPG

登りきった正面に本堂。

本堂.JPG

左手に大師堂。

大師堂.JPG

大師堂向かいにある八十八ヶ所霊場の御神体?或いはお地蔵さんたち。

霊場の御神体?.JPG

大師堂横の波切不動像。

不動明王.JPG

蝋燭立て。

ロウソク立て.JPG

急な石段。

急な石段と同行二人.JPG

下りてきて。石段途中にある滝と不動明王像。

境内の滝と不動尊.JPG

青龍寺仁王門と急な石段。

青龍寺山門.JPG

↑この石段は仁王門から170段あるそうだ。このつくりも西安の青龍寺と同じらしい。

最下段にある大師像。

大師像.JPG

門前にある遍路のお接待所。

門前のお接待所.JPG


このお接待所で、かつて紹介した、完全野宿の歩き遍路と一緒に冷たい麦茶を頂いた。彼は未だに体調不良を訴えておりグッタリとしていた。今思えば完全に夏バテしていたようだ。

ここで暫く休んでいると、この前も紹介した大阪の青年が後から到着した。「早いっすね」と言って休みもせずに石段を上がって行こうとする。

呼び止めると、何でも今日中にこの横浪半島を横断して須崎に入りたいとのこと。

そんなこと不可能なんじゃ・・・・・後20kmもあるんだぞ。しかも今15時まわった所だから最速で4時間、普通は5時間はかかるから到着は20時過ぎるよ。

・・・・・ハハ。ま、無理せず適当に頑張れよ。


あの後本当に須崎にたどり着いたのかどうか聞かなかったのだが、私は彼ならきっと歩いたんじゃないかと思う。

まだ次の仕事は決まっていないと言う彼には、すでに過去との決別が済み、ある種の未来への決意を感じた。普通の人なら15時過ぎてから後20kmも歩こうとは思わない。


そう言えば私が農業やるんだと言ったら、「農業、いいですねぇ」と言っていたけれど・・・・



続く




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[2013/09/24 22:17] | 迷子の大人たち(移転前日記) | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
波切不動さんは高野山の南院にもお祀りされていますが、空海さんが唐からの帰り道で祈願した波切不動様は一体どちらのお不動様なのでしょうか?教えて下さいm(_ _)m
[2009/12/09 21:30] URL | たかし #79D/WHSg [ 編集 ]
たかしさん
いつも有難うございます。
どちらにも全く同じ言い伝えが残されているようですね。

一応、高野山南院の方は総本家と主張しているようです。ただ、青龍寺の創建が815年。高野山南院は816年です。

そして高野山南院の不動明王はかつて伽藍山王院に安置されていたのものが移されたようです。伽藍山王院の創建が819年です。更に空海の密教の師匠恵果が祀ってあるのが青龍寺であるということは・・・・・

私見ですが、波切不動明王は真言密教特有の尊格であることから空海が日本の真言密教の聖地として開山した高野山にも当然あるべきだとして後から空海が彫ったんじゃないでしょうか。

高野山が総本家だと主張したいのは分かりますが、どっちが後でも先でも不動明王は密教の信仰対象であって、モノではありませんからねぇ。
[2009/12/10 08:46] URL | 迷えるおじ #79D/WHSg [ 編集 ]
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~もしもエエ加減な男が農業を始めたら~「池田なません」の【ニワトリノニワ】農場経営者池田司が送る、脱力系テキトー農業日記

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高知県四万十市の丘の上、放し飼い有精卵のニワトリノニワ農場の経営者池田司です。

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